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東京家庭裁判所 昭和54年(家)7375号 審判

国籍 中国(台湾) 住所 東京都港区

申立人 孫立秀

国籍 中国(台湾) 住所 東京都港区

相手方 余立仁

主文

相手方は申立人に対し、婚姻費用分担として、金四七五、五〇〇円を即時に、昭和五五年九月から双方が同居し又は婚姻解消に至るまで一ヵ月金一三八、五〇〇円の割合による金員を毎月末日限り、申立人方へ持参又は送金して支払え。但し、上記金員のうち、申立人の居住するアパートの賃料分金五八、五〇〇円については、相手方において直接貸主に支払うことができる。

理由

一  申立人は、相手方に対し婚姻費用の分担として、一ヵ月三五万円の割合による金員の支払いを求める旨の調停申立をなし、数回にわたり調停期日が開かれたが合意の成立する見込みがないため調停は不成立になり、審判手続に移行した。

二  そこで検討するに、申立人および相手方に対する各審問の結果、当庁家庭裁判所調査官○○○○作成の調査報告書その他本件記録によると、次の事実が認められる。

(1)  申立人と相手方は、共に中国人で台湾省の出身であるが、日本で知合い昭和五〇年九月一二日婚姻し、申立人の肩書住所地のアパートに世帯を持つた。相手方は医師で、当時大学の講師などをしていた。昭和五二年一月八日には長女余建超が生れたが、いわゆる性格の相違からか不和となり、同五三年六月一二日ころ相手方が家を出てしまい、以来今日まで別居状態がつづいている。

(2)  相手方は、別居後間もない同月二六日、離婚を求めて当庁に調停の申立をなし、数回にわたつて調停期日が開かれたが、申立人が離婚に同意せず不成立に終つた。

(3)  申立人は、別居後も前記アパートに居住し、昭和五三年一一月四日には二女余建英を出産し、長女および二女を養育して生活している。

申立人には格別の資産はなく、また薬剤師の資格を有するが子供が幼いため働きには出ていなかつた。しかし、昭和五五年五月から二児とも保育園に入園することができたので、同月六日から東京都国立市○○○○×丁目所在の○○○○病院にいわゆるパートタイマーの形で勤め始めたが、通勤時間がかかりすぎることなどから無理なので、同年七月末日で辞め現在は稼働していない。なお、右期間については勉強させてもらつたという形で賃金は得ていない。

相手方は、別居以来申立人らの居住する前記アパートの賃料(月額五八、五〇〇円)を直接支払うほか、申立人に対し生活費として昭和五三年一〇月一〇万円、同年一一月四万四、五〇〇円、同年一二月以降現在まで毎月八万円を渡し、別に相手方、申立人および二児の家族四名の国民健康保険料として、一ヵ月約一四、一六〇円を支払つている。申立人は、相手方から受ける上記金額では不足し、その分は台湾の実家から援助をうけて生活している。借財は特にない。

(4)  相手方は、別居後肩書地の○○○○○×××号室に居住し、同所で○○医院を開業している。同所は二部屋で、六畳の間を診察室、三畳の間を寝室にしている。家賃は月額一〇万円である。

相手方は、医師で右○○医院を経営するほか、○○○○○○○○○○○○○○、○○○○病院付属○○総合病院外二カ所に勤務し、昭和五三年の総所得金額(給与所得については給与所得控除後の金額)は四、三五六、五六三円で、これから所得税三七二、四八〇円および社会保険料(国民健康保険)一六九、九二〇円を控除すると三、八一四、一六三円となる。また同五四年の総所得金額は四、二九一、八八六円で、これから所得税三六〇、七八〇円および社会保険料(国民健康保険)一七〇、〇〇〇円を控除すると、三、七六一、一〇六円となる。なお、昭和五五年は、○○○○○○○○○○○○○○への出向がなくなるなど収入の減少が予想される状況にある。

なお、上記とは別に、相手方は生活費などにあてるため昭和五三年に所有する土地を売却し、九、七三一、二八〇円(税金控除後約六〇〇万円余)の譲渡所得があつた(相手方は、これらは売却時から現在までの生活費、交際費、医院の設備費、外国で開かれる学会への出席費用などにほとんど費消してしまつた旨主張しているが、これを裏づける証拠の提出はない。)。相手方には、他に格別の資産はない。

三  上記事実によれば、本件は中国人たる申立人(妻)から同国人である相手方(夫)に対し、婚姻費用の支払いを求める、いわゆる渉外事件であるが、当事者双方とも東京都港区に住所を有するので、本件について日本の裁判所が裁判権を有し、当裁判所が管轄権を有する。

そこで、準拠法についてみるに、婚姻費用分担の実質は、未成熟子を含む夫婦間の扶養の問題であるから、婚姻の効力に関するものとして法例第一四条によつて夫の本国法によるべきものである。ところで、わが国が承認している中国の政府は中華人民共和国であるところ、夫たる相手方の本籍(国籍の属する国における住所又は居所)は台湾省台南市であつて、同地域は現在中華民国政府の支配圏内にあり、同政府の法が行われているので、夫の本国法としては、中華民国法によるべきものと考えられる。そして、中華民国民法によれば、夫婦の扶養義務に関し、わが国民法第七五二条、第七六〇条の如き明文の規定は見あたらないが、同国民法第一〇〇一条(夫婦の同居義務)、第一〇〇四条ないし一〇四八条(夫婦財産制)、第一〇八四条(未成年の子に対する保護および教養の権利義務)、第一一一四条(親族間の扶養義務)などの規定に徴すると、同国民法も、夫につき妻および未成熟子に対する扶養義務の存在することを当然認めているものと解される。

四  そこで、相手方が申立人に対し婚姻中の夫婦として妻たる申立人および当事者間の子二名の生活費として負担すべき金額について検討するに、申立人には別居から現在まで収入がなく、一方相手方の所得(所得税、社会保険料控除後)は昭和五三年が三、八一四、一六三円(譲渡所得はひとまづ別にする。)、同五四年が三、七六一、一〇六円であるので、これを一ヵ月平均にするとそれぞれ約三一七、八四七円、三一三、四二六円となる。

そこで、相手方の一ヵ月の所得を一応三一万円とし、これから双方の家賃計一五八、五〇〇円を控除し、その残額一五一、五〇〇円をいわゆる労研方式により計算してみると、申立人および二児についての一ヵ月当りの按分量は

151,500円×180/(140+100+40+40) ≒ 85,219円

(総合消費単位申立人一〇〇、二児各四〇、相手方一四〇)

で、約八五、二一九円となり、右金額は現に相手方が支払つている生活費月額八万円とほぼ一致する。したがつて、昭和五三年の臨時収入たる譲渡所得の点がなければ、相手方が申立人に支払つている家賃五八、五〇〇円、生活費八万円は申立人らに対する按分額としては十分な金額であるといいえよう。

しかし、相手方には昭和五三年に税金控除後約六〇〇万円余の譲渡所得があつたのであり、反面申立人ら母子は相手方から受取る一ヵ月八万円の生活費では不足を来たす状況にあることは前述のとおりである。そこで、前記計算を一応の参考とし、申立人は二児が保育園に入園し昼間働く時間ができたので、今後はある程度の収入を得ることが可能となつたと考えられること、前記の相手方の一ヵ月平均約三一万円の所得から双方の家賃一五八、五〇〇円、申立人に支払う生活費八万円を差引くと、残額は約七万円であつて、相手方が医師として仕事、研究をして生活して行くには右金額では到底足りないと考えられ、前記臨時収入をもつて生活費の不足分や学会への出席費用などに充てているとする相手方の主張も首肯しえないものではないこと、したがつて、前記譲渡所得は現在までに相当程度費消していると推測され、かつ今後も家賃を含め約一四万円という申立人に対する支払いを続けるためには、相手方の生活費などの不足分は右譲渡所得分で補わなければならないであろうこと、その他本件で認められるすべての事情を総合考慮したうえ、相手方が負担すべき婚姻費用として、申立人の居住するアパートの賃料(月額五八、五〇〇円)の支払いおよび家族四名の国民健康保険料の支払いをするほか、本件申立のなされた昭和五三年一〇月から同五五年八月分までは一ヵ月一〇万円、昭和五五年九月以降別居解消に至るまで一ヵ月八万円と定めることを相当と考える。

五  以上により、相手方に対し、昭和五三年一〇月から同五五年八月分までについて前記金額と相手方において生活費として既に支払いずみの金額との差額計四七五、五〇〇円(昭和五三年一〇月、一一月の二ヵ月分で五五、五〇〇円、同五三年一二月分以降各二万円)を即時に、昭和五五年九月分から賃料月額五八、五〇〇円(この分は貸主に直接支払うことでも可)および生活費一ヵ月八万円計一三八、五〇〇円を毎月末日までに、申立人方に持参又は送金して支払うことを命ずることとする。

(家事審判官 木村要)

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